メモ帳あるふぁv2

Since 2004/2009-2022 気が向いたときに長文を書く用。暇人であるときが懐かしく感じます。

追悼

中学時代からの地元の友人が亡くなったとの訃報が入った。いまは葬式に駆け付けるまではないが、それなりに深い関係があった友達なので、少し思い出しながら書き残してみる。

 

彼は、性格的にもふるまい的にも、自分が苦手とするやんちゃ系に属する、いわゆるワルの部類の人間だったと思う。B系の服装をこよなく愛し、ヒップホップだったり、B級ホラー映画の話を無限にできるような人だった。それが見て取れる段階で出会っていたらまったく友達になれる感じではなかったけど、なぜか小学1年生から8年くらいずっとクラスが一緒の謎な縁で、色々ありつつも小学6年生くらいにはゲームか何かで一緒に遊ぶくらいにはなっていた。

さらに深く付き合うようになったきっかけは中学3年。当時ゲームセンターで衝撃を受けたビートマニアというゲーム、これに一緒にハマってからはゲーセンに100円玉を握りしめて通い詰める、というようなことを延々と。中学卒業して高校生になり、別の高校に行くことになっても音ゲー全般を一緒にやる仲間として友達付き合いを濃ゆい感じで続けていた。週末の休みになると自転車に乗って駅前に繰り出す、みたいなことを延々と。通っていたゲーセンも今は跡形もなく、思い出すことが懐かしい。当時彼は高校生ではありえないくらい羽振りが良く、その派手な外見や腕っぷしなどから黒いうわさも色々聞いていたがそのあたりは詮索せず関せず、単なる趣味・遊び友達として付き合えていたのは色々な意味で僥倖だったのかもしれない。自分はというと、高校2年は平日はアルバイトで休日は駅前に繰り出してゲーセン、3年になっても休みはゲーセン、という生活をしており、その場にはたいてい彼も一緒にいたように思う。Webで日記を書き始めたのもそのころで、当時の痛々しい文体の日記にはたまに登場していたくらい、そのころの思い出は彼無しには語れない。

大学になるとそこまで会える機会が少なくなるものの、年末帰省時にみんなで集まってゲーセンに行ったり、ファミレスで駄弁ったりみたいなところで交流は続いていた。向こうは地元あるあるで20歳も早々に結婚と子供も、というところだったけども、自分は大学生で相手の事情など推しはかれることもなく、たまに会って遊ぶ、みたいなことを在学中はそれなりに続けていた。

大学後期から、社会人になるあたりでだんだんと会う機会そのものがなくなり疎遠になってしまっていたけれども、数年前のコロナの時期に共通の友人の結婚式で久々に会って大分おとなしくというか落ち着いて話ができる感じになっていて。子供も義務教育が終わったようで、先輩!なんてこと言いながら久々に話していた。その時にコーヒー屋でも一緒に行かないか、と誘われたのだけど、周りのメンツとの予定がその直後に予定されていたので断ってしまった。今更だから仕方ないけれど、それが最後になってしまったは心残りだな。その後SNSでも繋がり、毒を吐きながらも元気にやっているような投稿が見えていたので、今回の突然の訃報に正直驚きが隠せない・・・。

自分の人生の折り返し地点はとうに過ぎていて、やはり一足先にいなくなる人が出てきている。自分の近しい友人がいなくなったのは二人目。今回も喪失感がすごい。会いたい人には会えるうちに、というのは本当にその通りなのかもしれない。いまできることを今のうち、は大学卒業のころにずっと語っていたことだけれど、今になってそれがなおさら実感させられるようになってきたね・・・。環境や今の自分が置かれた状況が許さない場合も多々あるけども、会いたい人には会っておく、これが今後10年くらいのテーマなのかもしれない。

R.I.P.

後追い・2025ダイジェスト

もうだめです。2026年になってしまって、もう1か月も経ってしまった。本当に時間が流れるのが早すぎる。それしか言っていないような気もする。自分のために書き溜めてみる。

 

1月

無料の新幹線ランダム行先弾丸ツアーを企画したら行先が越後になった。朝6時台の新幹線に乗るのはつらすぎる。朝8時からスキー場でそりすべりして、さらに雪深い町までローカル線で移動して、レトロな旅館で昔のゲームを楽しんだりちょっと外へ出て夕飯食べたりなど。もう一度来るのかな、この町。楽しかったけど刹那過ぎてあまり記憶がない。次の日の午前中には家に帰ってきたからね・・・

2月

高校の友達とヌン活。東京駅に近いところで昼間から飲んだくれていました。もはや女子枠。月末あたりには平日に重ねて福岡旅行、博多南やら小倉、門司港とか太宰府とか、楽しんだのは新幹線とか関門海峡トンネルとか、小倉駅近くでは今話題の資〇うどんにも。そして関東では行ったことのないキッザ〇ア。色々行けて楽しかった。

3月

昨年度に引き続きの弾丸青森旅行、今回も往復1万円のあれです。友人の最強アテンドによって今年は海に出るという前代未聞なアクティビティが・・・!有名ラーメン店だったりねぶただったり、締めの超うま居酒屋で最高の平日旅でした。あと、その二日後にまた福岡に飛んで一瞬熊本城にも行った。初九州新幹線を堪能しました。雨だったけど。

4月

秩父で流しそうめん。

5月

函館に行きました。一人旅企画が失敗してからずいぶん経ってからの改めての来訪。五月末ということで、特に何があるという季節でもなく、完全にオフシーズン。

6月

レジリエンスな一人旅をした。二日間、完全にオフ日をいただいて高松と岡山をふらり旅。香川県は高松市、もちろんうどんを食べトリを食べというところだが、初日は少し遠出をして山と山に挟まれたあたりをレンタル自転車で爆走し、高松へ戻るのに豪華な観光列車で酒と食事をいただきながら車窓を楽しむ優雅な移動を堪能させていただいた。二日目は岡山で邂逅とドライブ、ということでなかなか行けない場所を色々探索もとい観光できて、またとない体験ばかりで超絶楽しかった。道中の話は、当時は文字と想像でしかなかった離れた世界だったものが、実際に聞いて見て回るというのがまさにインターネットからつながる現実世界、というのを実感できて。地元でないけど地元みたいな、謎な感覚もあり、そういう意味でも非常に感慨深い旅だった。帰りは最高の乗り物寝台列車にて帰路。その時に書いた五線譜へのモチーフはまだ曲になっていない・・・

そのあと高校時代の友達と飲んだりカラオケ行ったり、みたいな若人みたいな集まりも。地元トークができる友達は貴重です・・・。予定つけるのは大変だからこそ。

7月

念願の万博#1。事前に準備したおかげで朝一900での入場もゲート前から3番目くらいと完璧にこなし、朝一で買うべきものをしっかり買い、クジでは2等を当てるなどお土産もばっちり確保。行きたかった某独裁国のパビリオンも行けたし、一人行動の利を活かして当日予約でどんどん追加して、合計5つくらい入れたので非常に密度が濃い一日だった。ホントは閉場時間くらいまで居たかったけれどそういうわけにもいかず撤退。

月末には金沢・富山、高岡と氷見をふらふら。有名な回転寿司ももちろん美味しかったのだけど、そこまで知名度ないせいかそこまで混んでいない寿司屋さんに入って食べたらそっちが超美味しくて北陸の寿司のパワーを感じた。富山でも観光列車に乗り込んで車内で出来立ての寿司を食べた。最高としか言いようがない。

8月

夏休みっぽいことしたかったので無料の新幹線ランダム行先弾丸ツアーで一人旅。行先は八戸が当たったけど、自腹で切符を追加して青森まで行ってきた。ねぶたの風を感じるために・・・!街全体が祭りの前ってことで熱気が凄かったしインバウンド的な観光客もたくさんで、高揚感が半端なかった。35℃の気温の中、街中を一通り散歩してまちなかにある温泉で汗を流し、時間作ってくれた友人とビールを堪能しつつねぶた準備の場所を見学してタイムアップ。ビール飲んでた時に隣に座ってた観光客カップルと祭りの話で盛り上がったときに、「実は私、ねぶた始まる前に帰るんですよ」って言ったら「え?は?どういうことですか?」って強めに言われました。私もそう思う。

万博#2、子連れ。行くとは思っていなかったけど、めちゃめちゃ要望されたので行ける日程が限られていたこともあり日帰りの万博を強硬催行。道中は梅田で電車見学したりもしつつ、夢洲まで地下鉄で乗りこみ、夕方Inのチケットで無事に時間通りインパ。目当てのパビリオンも無事予約ゲットして狂喜乱舞。時間は短かったけど楽しませることができて良かった。帰りは危うく延泊する羽目になるところだったのを、ぎりぎりのところで回避。やばいことを避ける運だけは相変わらず良いのかもしれない。

9月

日帰りで宇都宮に行くことに。途中で友達と合流するみたいな話になり、なかなか面白いことに。実は初めてLRT見て乗れたところだったので、来られて良かった。在来線だと3時間かかるのでまあまあ遠いけど、最寄りのターミナルに連れてってくれるので事故さえなければ楽ちんなことに気が付いた。

仕事でなぜか軽井沢。日帰りなので最終近い新幹線を予約していたのだけれど、それに乗るために帰りはうっそうとした森の中を歩くことになり、なかなかホラー味があった。コンビニでたむろするやんちゃな地元の若者の姿が見えてむしろ安心する始末。

10月

大人しくしていたような。それでも北へ帰省はしている。動きすぎ。

11月

青森行き過ぎな感があるけれども、無料の新幹線ランダム行先弾丸ツアーの指定先が新青森だったので、またもや弾丸で行ってきた。1泊2日で行く場所ではない。家族で行くのは初だったので、安牌な場所として三内丸山遺跡だったり、有名ラーメン店だったり、青函連絡船とねぶた記念館を見た後に、夜は美味しいお寿司屋で満足してクローズって感じのいいとこ全部回る的な旅行でした。個人的には、函館と青森で青函連絡船の両サイドを見学できて制覇できたのが良かったかな。近・現代くらいの昔の生活を紹介している場所について、最近興味がつきません。

12月

いつもは豚バラにお世話になるしゃぶ〇で初めてちょっと高いコースを頼んだら感動した。また頼みたいけど毎回これだとご破算なので節約しつつたまには、という方向で行きたい。

 

もう2026年になったけど、どんな年になることやら。個人的には、昔から続けている某楽器の新しいやつが十数年振りに出たので早速購入したい。だが予算が無い・・・。

 

<大歩危のあたりをチャリで爆走 2025.6>

 

2024年ダイジェスト

2024年もあっという間でした。年末感は無いんだけどね。生活が何色か?と言われたら多分灰色です。

1月
生まれて初めて緊急車両に乗ったんですわ。生きた心地がしなかった。

2月
都内勤務時代でゲーム知り合い、という謎な会合で楽しく閉店まで飲んだ。ちょうどチョコレートの季節だったので、飲み前に東京駅のチョコ売り場を散策しつつ、おすすめを教えてもらったりしていたら、チョコレートの魅力につかまりその後買いあさってしまった。来年も色々試してみたいところ。この時に新しい位置ゲーム「信長の野望-出陣」を紹介されて、勢いで始めて今もなんと継続中。今まで歴史には疎かったけど、40overにして武将を通じて色々歴史のことを知り始めている。なんだかんだ位置ゲームおもろいねやっぱり。
他には、少し遠出をしてイチゴを狩りに行った。道中の風景は完全に地元の風景と一緒で、まあ都心部を離れるとだいたい日本の原風景はこんな感じよね、と感じさせる何か。

3月
最高の弾丸旅行に行った。青森までなんと日帰り。きゅんぱすという最強の切符が発売されることになり、すべての予定を優先させて参戦。新幹線の切符を取るところから激戦だったけど、なんとか確保して友人2名と青森の友達を訪問。アテンドいただいた内容の密度が濃すぎて、、、雪山で樹氷、煮干しラーメン、そしてクラフトビールののち美味しい会食・・・!大満足の中名残惜しく帰京。次の日は日常。
あと家にエ〇クトーンが来た。自宅にこれがあるのは〇十年ぶりですわ。

4月
せっかく鍵盤がうちにきたので鍵盤を弾きまくってリハビリなど。GWは工場見学をしたり、鈍行で静岡まで行って魚市場で丼ものを食べてみたり。相変わらず移動ばかりしている。

5月
GW後半。仙台で地下鉄博物館に行ったり、〇童に鳥そば食べにいったりと相変わらず色々なところへ。GWが終わると日常で忙殺。

6月
一瞬地元へ戻って、ゆっくりとした時間を過ごした。たまには許されるよね・・・。数十年ぶりにいった温泉、昔小さいころに親に連れられて行っていたところ。相変わらずのコンパクトさだけれど、中身はリニューアルされていてなかなか快適だった。ファミレスで夜遅くまで駄弁る、かなり貴重な時間でした。
毎週どこかに行っていたけれど、月末に初新潟観光をした。JRのどこかにビ〇ーン、という企画切符で新潟が当たったのです。新潟は広すぎて、電車では限界があるね。車がほしい。

7月
北海道へ逃避。すでに関東はめちゃ暑かったのだけれど、北海道へ逃げたら20℃くらいで快適すぎて泣いた。美味しいバニラアイスや、例のチョコレート工場などに行ったりして、なかなかに密度の濃い3日間だった。今年は飛行機の遅れもなく無事に帰ってこられて良かったわ。

8月
ドラクエの展示に行って感動したり、ワンオペで実家に戻ったり。実家の近くの元ガストで、15年ほど前に良くドライブに行っていた友達とこれまた10年ぶりくらいに再会。みんな大人になったよねえ。さらに自分の祖父母の家にも行ってエモいお祭りを去年に引き続いて参戦。色々な意味でここのお祭りに参加できるのもあと数年な気がしているので、お子様の記憶に残ってくれるかな・・・?
あと、突然友達が来てくれたのでAM休みとって都内をぷらぷら。初めて〇郎の本店行きましたよ・・・何事も経験だよね。あと小沢健二ライブ参戦もできたんだった!あれは楽しかったな~

9月
1週間くらい40℃の熱が出ていた。このままくたばるかと思ったけど、無事に生還。

10月
電車イベント&旅行三昧。京都の観光列車は最高ですね。ビールを飲みながら優雅な時間を過ごし、このために働いているのだと改めて再認識した。幸せの黄色い新幹線の中に入れるイベントだったり、関西に行ってまで工場見学したり。イベント行きすぎておなか一杯だけど、まあ今だけだからね、行けるときに行くのです・・・
あと世界的なゲーム会社のミュージアムにまさかの当選ということで、こちらがメインで関西に行ったのでした。朝一当選で最高の時間帯、それを活用して無駄なく色々体験したつもりだったけど、全然時間が足りないね。また行きたい、と思わせるさすがの施設でした。

11月
朝一で仙台に行って自転車で駆け回り、その日のうちに伊豆高原に行って夕食を食べた。意味が分からない。色々な意味でエンジョイさせてもらいました。

12月
貯めた某ポイントで会員ランクが最高になり豪華ランチ券をいただいたので、ちょっと泊まれないレベルのホテルのランチを頂きに行ったり。ポイ活とまでは言わないけれど、カード支払をまとめることでそれなりにポイントをためることができているようで。来年もぜひとも継続させたいな、そしてもう一度この最高なランチタイムを・・・!

今年の一枚:ミュージアム良かったよ

2023ダイジェスト

いつも通り、と言ってもう数年。ブログを更新している古参ユーザってどれくらいいるのだろう。もしかしたら読者がいるかもしれないので書くよ。

 

1月

サクっと年始に帰省。色々思い返すことは今でもあります。そのあとは、せっかく会員になって活用できていないコストコへ。無駄に買いすぎちゃうのが危険よねあのお店。実は大して安いわけでもないので、ぜいたくなお店なんだわ。あと、東横線の渋谷側、とある駅にある有名なカレー&電車のお店に行った。まあまあテンション上がる。あとは子供を連れて某赤い電車の工場見学をしたとか。電車ばっかりだ。

 

2月

バレンタインフェアでチョコを買いあさったり、といつも通りにしつつ、赤い電車の博物館に仲が良いファミリーとともに行ったりも。子供たちは楽しそうにはしゃいでいましたが親はただ見守るだけ・・・。他には、近所にできた新しいラーメン屋を開拓したけど、優しすぎる味でこの辺の協力なラーメン屋に対抗できるか心配になった。

 

3月

子供が無事に卒園。6年間弱頑張ったよ、わたしも。基本的に送り迎えの6,7割を担当していたのでね。自分の仕事がそれなりに融通効くので、色々上手いことやれたのだと思う。ここが調整効かないと戦争が勃発していたに違いない。あ、実家にも帰ったな。いとこと交流、みたいなことを体験させてみている。

 

4月

自分の環境は何も変わらず。子供は大変化、ということで小学校へ入学。楽しそうに通っているようで何より。保育園から学童保育に変わり、そちらは以前より登園がマジで登るので体力が養われる。GWに入るころ、久々に復活を遂げたプラ〇ール博に行った。3年ごし、前回は覚えているという。子供の記憶力すごいな。

 

5月

実家巡り、そして仙台を散策する機会が2日も。二日目はソロだったけれど突然誰かを誘う当てがあるわけでもないので、一人でバスを活用しながら海岸の方を散歩したり、遺構を散策したり。そのあと大学方面へ戻ってレンタサイクルで八幡の当たりを爆走たりして、学生時代を少し思い出していた。あっ、ここでドラクエウォークのリアルお土産も買えたんだったな。

5月は懇意にしていた唐揚げやが閉店してしまってショックだった。これを機に家の近くのから揚げ屋がぞくぞくと閉店。弁当買って昼に食べていたので、バリエーションがだいぶ減ってしまった。やはり一過性のものだったのね・・・。

 

6月

てっぱくに行った。台風が直撃している平日は人がいなくて最高。他にも、ネコがトレードマークの鉄道会社のイベントに行ったりして、子供中心な週末だった。古い建物がなくなるということでなぜか大塚に行って散策。そこで食べたベトナムの謎の麺料理が衝撃的すぎて、この年でも衝撃を受けるたべものがあるのかと思った。あれはまた食べたい。

 

7月

4,5年前によく行っていた仕事の業界団体の会合で遠征。富山でしこたま飲んで、長野でお参りしてそばを食べて帰ってきた。本当はもう少し長いしたいけど、家のタスク放置だと×××なので・・・

七夕で子供に健康を祈ってもらったのであと15年くらいはなんとかなるかも。

後半は1週間休みを取ってスーパーな電車旅行。いくらかかったかは恐ろしいが、5泊6日で神奈川県から香川県まで乗りとおしたよ。普段は乗らない私鉄の特急やら、超豪華な観光列車、乗りまくりでした。いろんな町のいろんな面が見られてかなり面白かったね。ただ、天気が良く連日夏の35℃超の天気で体力的にはかなりしんどかった記憶。

 

8月

後輩にお誘いいただき、ライブ三線もひさびさに。超絶技巧系の音、迫力も抜群で素敵ですわ。埼玉の奥地にも行ったり、関東近辺の電車系博物館をはしごしたり、そう、基本はこどもが夏休みなので付き合うしかないのです。実家からの帰り、だれもいない東京駅の待合室、誰も乗ってない東海道新幹線を体験するという、なかなかレアな状況に遭遇したり。計画運休とかで混乱していたあのときです。

実家にも帰って、自分が小学生の頃に祖父母の町でよく行っていた夏祭りにも子供と参戦。まあエモさが半端ないよね。今年は色々なイベントが復活して、この夏祭りも数年ぶりに開かれるということもあり、どこから人が湧いてきたのかというくらいのレベルで混雑。祭りの時だけでも賑わいがあってよいよね、昔の商店街は3,40年もするとどうしてもシャッター街になってしまうから・・・。

実家ではこれもまた久々に深夜ドライブに出かけた。むかし、10年くらい前は実家に帰るたびにドライブに出ていたけど、今ではどうしても寝かしつけ等でなかなか実家から抜け出すのも難しくなり。今回は爆睡で起きないと確信し、22時に出発。ドライブのときに、その昔夏休みに出かけていたメンバーに連絡してみると、長期休みでちょいちょい地元に帰省していることもわかり、次回以降の帰省では参加者が増えるかも。この先何度もあるわけではないそういう機会は楽しみにしていきたいところ。

 

9月

北海道に逃避。お仕事という名目ですが、海鮮丼食べたり美味しい居酒屋料理食べたり、美味しいジンギスカン食べたりでしたわ。これに懲りずまた行きたいところ。まあ実際はトラブルもあり、飛行機が遅れて深夜に空港に降り立ち、変える手段をなくして徒歩で1時間、その後ようやくタクシーにありついて帰宅、というエキサイティングなイベントに遭遇。

9月にも仙台を訪問する機会を得られ(上述イベントで27時帰宅の次の日)、しかも今回は泊まりにて滞在。小学校からの友人と久々に会って牛タン食べたり、夜は大学友人と飲んで駄弁って、深夜には十数年来の友人が経営するバーにも行けたりもして、かなり濃密な2日間だったなあ。飲んだ翌日に食べたアーケード沿いのお店の山形肉そばが本当に美味しかった。

 

10月

本格的に胃の調子がおかしくなる。市販薬で試すもなかなか上向かなくて体調はすぐれず。体調は絶不調だったけれど、鉄道イベント月間で、それなりに楽しんでいた。

念願かない、ドラクエのゲームイベントに参戦!高速バスに何年かぶりに乗り込み、一路山梨へ。バスの半分以上は同じゲームやっててなかなかに面白い光景。残念ながらソロ参戦だったけど、イベント自体はけっこう楽しめたかな。ついでに富士山駅周辺を散策したのだけど、飛び交う言葉や案内板はもはや外国の様相。日本人が全然いないんだよね。すごいところだ。帰りの電車が死ぬほどぎゅうぎゅう詰めだった。おかげで買ったワインは飲めやしない。

 

11月

10月頭にプラチナチケットを取ったので、それを使って寝台電車に再挑戦!子供と二人で高松まで揺られて行き、うどんを打ったり電車に乗ったり美味しいラーメンを食べたり、とで相変わらずの電車旅・再を実行。7月に行ったばかりだけど、まあ取れちゃったしね。いつまで乗れるか分からないものは乗れる機会に乗っておくのがベストだと思うのです。今回も寝台・観光列車・新型などご希望を参酌しすばらしい采配とともにお子様をおもてなしできたので良かったと思うです。1点私のわがままを聞いてもらい、数年行けていなかった大阪難波のスパイスカレー屋に行けたのが最高に良かった。

 

12月

ちゃんと病院にかかり、胃薬というか漢方を処方してもらうことでようやくスタンダードな胃の状況まで戻すことができてきた。医者にはストレスが原因、とも言われたので仕事なり家庭なりで知ってか知らずか相当にストレスがかかっているのだろう。

薬をやめても大丈夫であればようやく平常運転になるけど、そこはまだ分からない状況。年末の暴飲暴食に向けて、コンディションを整えていきたいところ。

 

自分らしい生活とはなんだろう。作曲して発表して、とか、楽器を演奏したい、とかそういった”欲”が本当に消え去ってしまったんだよね。かるいうつじょうたいなのかというと、そういうわけでもなかったり。仕事も地味ーに負荷はかけられている状態で、楽しいかと言われるとそこまででも。そこまでしてやりたいことかと言われると・・・。ただ現状の業務は融通が利くので非常に子育てにはフィットしており、転職だので変える気も起こらない。完全にドツボだけど、子供のためには良いのだろうと言い聞かせて生活を続けている。

 

来年はついに大台に乗るので、本当に健康に気を付けたい。年を取ると本当にそういうコメントになるんだな、と実感している・・・。それでは皆様良いお年を。

富士山はきれいだった@やまなし

 

 

由来を知る

とあるゲームのとある用語についての、もともとの由来ってなんだったかなー分からないなーとつぶやいたら有識者の知人から教えていただいてなるほど、と思った。今日のいままでまったく知らなくて、そのあとちょこっと調べてみると確かにその通りで、合点納得した。

そのやりとりから思いだしたのが、由来となった事象の当時(1998年)は自分はまだ中学卒業前くらいの話だったなあ、と。インターネットもなかった時代に、とある田舎の地方都市で中坊が仲間内で遊んでいたゲームについて、もしかすると関東ではそれなりのコミュニティみたいなものがあったとする。その界隈の中では意味が通じる言葉が、関東から一田舎に伝わってくるってほぼないんだろうな、と。なので、当時由来を知ることがなかったのはまさにその通りで、一方でおそらくコミュニティがあり、当時の歴史を知る人からそれを聞けたことに、すごい納得感があったのである。

一方で。今でこそゲーム攻略とか用語とかはまとめている情報サイトがあるから一瞬で伝搬して、誰もがそれにアクセスして情報を得ることができるだろうけど、その昔、ゲームがファミコンだったりスーパーファミコンだったりした時代は個人か兄弟、せいぜい近所の友達で共有するくらいが関の山。隠し要素がある、みたいなものもホントか嘘か分からないでたらめな話も多かった。そのあとくらいにネットが始まり、同好の士が情報を共有したりコミュニティを作ったりするのを見たり体感したりして、すごいなーと思っていた。

けれど、そんな感じで情報が共有されると、各地のすごい人の情報もたくさん入ってくる。自分なんかまだまだじゃん、追いつかないなあと思い知らされることも増えてきた。そこから現代にいたるまで、ゲームでもビジネスでも何でも、すごい人はものすごく可視化・目標とされる状況で、そこまでいかないとその他大勢実力不足、みたいな雰囲気や風潮があるからなかなか頑張る気力が起きない。ベンチマークとすべき目標が高すぎて萎えちゃう、みたいな。

情報が好きに得られるのは便利でもう以前の世界には戻りたくないけれど、可視化されすぎてしまうのも微妙で、30年くらい前の情報共有がされない世界はある意味精神的に穏やかに過ごせる世界なのかもしれないね。

2022年総括

総括するほどでもない毎日ではあるけれども。今年もまとめてみよう。あとから見返すと楽しいしね。

おしごと

自分としては全然できた気がしていないし、やれていないとと思っているけれども、評価はそこまで悪くなくて逆に申し訳なくなっている。しっかり上を見据えてpromoteしていくのか、はたまた脱落するのか、その当落線上にいる感じですね、たぶん。

今の環境、リモートで働けるのはいいのですが、過去の知識・スキルを貯金としたらそれを延々と食いつぶしているような状態で、かといって家のことを考えると出社とかもはや無理ゲーで手詰まり感が凄く、そのあたりが2重3重に心の重しになっている。何も考えずに資格の勉強に費やせた20代とは違うのだ。仕事で学べれば世話ないがインプットが足りな過ぎて満足なアウトプットができていない現実がそこにある。

今の部署にきてもう結構経つ(=くすぶっている)ので、そろそろリリースされそう。環境が変わって負荷が増えないと良いけれども。基本はそればっかりで、やりたいことは特にない。

おうち

リモートワークからの家事ルーチンはほぼ完ぺきにこなしているのではと思う。世間の男性に比べて平均上位に来るくらいのことはやれてると思うんだけれども、こればっかりは相対評価ではなく絶対評価なので、言わせればまだまだなのかもしれんね。

あそび

もっぱらDQW。そのために小型端末を買い増ししたりして。夜中徘徊するようなことは減ったけれど、楽しく遊んでます。最近は少しだけPGoも復帰。どこかに旅行に行ったときにオブジェを回したりしています。ごくたまにゲーセン行ったり。秋ごろに友達と行った立川のスパイスカレー→過去作が置いてあるゲーセン→スーパー銭湯の流れは最高だった。

音楽

後輩にお誘いを受けて、熱いライブに2度ほど。フュージョン系聴くの本当楽しい!あとは思いがけずパリスマのライブにも行けたこと。自由度が上がってきてる感じが良いね。自分で作る方はもうだめです。ソフト音源ばかりが積み重ねられていくが、アイディアとネタを作る時間も気力もモチベもない・・・。

がじぇっと

今年はいろいろ買ったな。年始の淀〇福箱でスタビライザーを買って(結局1度も使わず)、携帯端末は2台。1台は目論見が外れて完全に遊んでいる。

そうそう、ついにメインのスマホを買い替えてしまった。話題のPixel 7 Proでございます。前に持ってた4もすごく気に入ってたけれど、魅力的なキャンペーンにあらがえず機種変してしまったのです。

おでかけ

いつもの帰省に加えて、今年はなんと寝台列車で西の方を散策。弾丸かつむすこ氏接待の側面が強かったけれども、自分もそれなりに楽しんだような。他に、近場の伊豆とか山梨のお宿もちらほら。そんな感じで谷間を狙った旅行は今年もしっかりとしていたよ。

まあでも、基本的にサービスばかりなので、本当の心の休息は、夏場の平日1人休みを取ってふらりと出かけた湘南の海だったりする。あ、あとソロで仙台をふらついたときに、久々な友達と4時間くらい話したのは超楽しかった。本当にこういうときのために生きているんだなと実感します・・・。

けんこう

今年前半に腰をやってしまって、それから半年くらいは腰をかばいながら生活するという状況でした。半年過ぎたくらいからあまり気にならなくなって、一応注意はしていたけど激しい痛みはないくらいのレベルにまで戻り。ところが、先日の旅行の洗面台で中腰を強いられてからまた今少し痛いです。もう今後は気を付けて付き合っていかないといけない感じかな。

他、例に漏れず、LDL-Cがいけない感じの数値が出ていた。でも面談したら生活状況は健康そのもので、結局は昼飯のカツ丼が怪しいということに。頻度は確かに高めで、老舗のカツ丼食べすぎた説。たまごは押さえていかないといかんですね。

 

そんなこんなで、今年ももうすぐおわり。今年ラスト旅行も行けたので、あとは年末に向けて時間が加速していくだけ。今年もお世話になりました。

びょうき&こしやった

しばらく間が空きましたね。長文を更新できる場所はここが最後の砦です。

その後この半年、継続されたリモートワークは自由な時間を増やしたけれども、生活としては日々のルーチンがあり全く自由ではありませんでした。時間単位でやることは決まり、行動範囲は狭まり、だんだんとメンタルを病んでいっていました。定時で上がらないといけないので、やるべき仕事が溜まっていきそれがなかなかに堪えます。

どこかでトレンドになった、この年代の父性にはすべてのタスクが昔のままに降りかかってくる上に家庭も・・・を地で行っており、社会のアップデートと個人の限界のはざまで苦しんでいた気がします。家のこともがっつりコミットしないといけないので、手の抜きどころがないと簡単に病んじゃいますね。家庭を持った場合において、延々と仕事だけしていれば良い時代は終わったというものの、求める仕事量が変わらないのが単純にきついと思います。

年度も跨いでそのあたりはまあ落ち着いたものの、今度は世間を賑わせている病気にかかって缶詰になったりもしました。明らかにお子様が通学先から頂いてきたアレです。吐しゃ物を素手でマスクもせず処理したのでさもありなん、という感じ。症状は比較的軽かったしすぐ快方になったので良かったけれど、保険金降りないのは解せない。ちなみに、そんな状況下でも症状軽いので仕事はしてたし、自分何をしてるんだろうという気持ちにはなりました。

そしてその病気からも解放されたと思ったとたんに、今度は腰をやってしまいました。一時期から寝る前くらいに腰に違和感があって、寝て起きてもその違和感がとれずにだんだんと厳しい状態になっていきました。診察してもらうと、凝り固まった筋肉が大変なことになっている、ということでしばしの湿布生活。リモートワークでデスクワークで、ビデオ懐疑ばかりなので姿勢が自然とアウトな状態になっていたと思われ、それがたまりにたまって腰にきたのでしょう。結果、デスクワークでの同じ体制がつらすぎることになったので、横になってノートPCを開いて仕事したりなど。

そんなこんなで痛み発生から約1か月、ようやく収まってきて念願の寝台電車旅も無事にこなしやった治ったぞ、、、と思っていたところに、今度はがっつり激痛が。Zoomで会議してたら突然だったのでうめき声だしてしまってその場をどよどよさせてしまったくらい。その痛み発生からは腰がかなり厳しい状況で、電車で座るのも家で座るのも腰当がないと本当につらい、つらすぎました。色々な方にどうしたかを聞きながら、対処療法というかまずは痛みが引いてからのストレッチ運動しかないということに至り、安静にしつつ姿勢には気を付けるようになりました。姿勢はだいじ。

それから1か月半も過ぎたあたりでようやく痛みが気にならなくなってきたので、これは本格的になにか運動を始める機運として「リングフィット」を始めました。なんだかんだ習慣化に成功して、本日付けで1か月経過。あとは食べる量とかを減らして、適量でおなか一杯になるようにして体重も落として筋肉つけていけるといいなあ、なんて思いながら暮らしています。

ちなみに、なんだかんだで弾丸関西2泊2日(高松岡山倉敷)に行ったり、地元のローカル遊園地で楽しんだり、山梨の高原に行ったり、ふらふらはしています。ようやくふらふらできるようになってきて嬉しいです。

新幹線@新倉敷

ハイブリッド気動車@高原