メモ帳あるふぁv2

Since 2004/2009-2022 気が向いたときに長文を書く用。暇人であるときが懐かしく感じます。

日々の流れに身を任せ

身を任せすぎた感もある今日この頃。ものすごいスピードで日々が過ぎ去っていく、そんな感じでございます。日々の生活がルーチン化し、でもそのルーチンをこなすので割とあっぷあっぷで、もし自分が激務な仕事に就いていたら完全に詰んでますよコレ。
色々やりたかったこと、例えばジムに行って体を鍛えたり、面白そうな勉強会に行ってコミュニティの幅を広げたり、はたまた楽しいコミュニティにて飲みに行ったり、といういうことが暫く断念せざるを得ない状況。好き勝手にやれる環境が素晴らしいものだったのだなあと思うと同時に、今後は納得感の向上及び理由付けが非常に大事になると思われます。いかにそれらの活動が以後の社会生活において有意義なものになるかを検証し確認しながらやっていくことが重要よね。どこにいても折衝、説得、そのための論理力は身に着けないとどうしようもないのです。
そんなこんなで一つのプロジェクトを組み、予算の検討をして、この先10-20年でどう何を何に配分するかみたいなシミュレーションをしてみている次第。なんだかんだで余裕はあまりない。In/OutのInは十分かと思いきや、やはりこの住む場所その他のコストが半端なくてなかなか手ごわい。とはいえ単なる選択につきることで、例えば車が持てることが羨ましくもあるけれど、それならば少し田舎に引っ越せばよいだけの話。プロダクトライフサイクル(言ってみたかっただけ)に応じてやり方が変わるように、ライフステージに応じてどこで生活するかってのも変わるべきものなのかもしれない。長く居ついちゃうとなかなか変えづらいところですけどね。
会社内での業務内容も変わり、分からずも興味深く色々なことに励んでおります。糞みたいな賃金がようやく上昇の兆しを見せ始めたので、会社が存在するうちにやれることをやろうと心を入れ替えてみたく。色々いままでの悪習やら常識みたいものを漠然と変えたいなあ、と思っているわけなんですが、会社内の組織のヒエラルキーはたやすく変えられないことを実感している次第で、やっぱり良くも悪くも、とくに後者が目立つのは日本的だなあと思います。そしてそれはあまりにも深く深く根付いていて、根っこから腐ってきてしまっているようにも。剪定が必要だと思うけれど、剪定される側にも生活があるとかなんとかで結局泥船な訳ですよ。人間、能力の優劣は存在するので・・・、まあ難しいですよね。優秀な人だけ残せばよいけれど、そうはいかないのがアレなのです。
休みも終わるけれど結局いつも通りの休日を過ごしてしまった。まあ、長期連休の特別感ってのはだんだんと薄まっていくんだろうなあ。つまらないオジサンにならないように、色々新しいことを始めていく努力はしたいなあ。とりあえずテック系の話題についていけるように、Win10のBashにcondaとか色々入れて機械学習の環境構築をやってみた。まだまだ知識が抜けてはいなくてほっとしたけど、そもそもの機械学習の原理はさっぱりわかっていないので行列からやりなおしなのである。テンソルって何ですかね?ゆくゆくは自分のお仕事が楽になるような自動化をこっそりやってしまいたい。得てしてそういうのはみんなから総スカンを食らうので、こっそり、ひっそりと。。。